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フリーターとニートと学生を行き来している暇人です。良かったら見てって下さい♪♪


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拝啓 おばあさま

拝啓 おばあさま 今日は重労働で暑かったです。やっぱひきこもってないで外に出るのはいいことですね。
今日は一日ペンキ塗りをしました。単純作業の肉体労働って悶々としている時はかなり健康にいいものですね。日曜大工健康法とか提唱しちゃおう。人間ってよくできてるよ。
日当りのいい部屋を選んだつもりがまさかこれから向かいにアパートができるとわ!な状況ですがなんとか今日も生きています。
                                 敬具
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拝啓 おばあさま

拝啓 おばあさま。私は東の地で生きることになりました。東の地は寒いです。4月というのにこの寒さです。暖房つけてます。
ところでゆとり教育とは恐ろしいシステムです。あれは人間の脳みそを腐らせる道具です。某評論家いわく「子供のうちにつめこまないでいつ詰め込むんだ」まったくその通りです。何の為に先人達は啓蒙運動をやってきたんでしょうか?文部科学省の役人はフランス人に土下座しなさい。
でもこれって只のシステムだけに限らず教師陣の思想も反映されているのは大です。勉強できる子にむかって「勉強だけできても意味がない」っていう先生を何人も目撃してますが、勉強できるからって勉強しかできないわけじゃないでしょうに。1を聞いて10を知る子はまれかもしれませんが2、3きいて10を知る子は山ほどいます。だけど先生としては1から10まで教えたいんでしょう。だから出来すぎる子は自分の存在価値を危うくさせるからあまり好きくないんでしょう。いい迷惑です。一段高いところからモノ喋るならそれなりの倫理学、哲学をもっていて欲しいものです。
さて、なんでこんな話をしだしたかというと、ゆとり世代はとにかくいい加減です。単位の履修案内もろくに読まない、手続きしない、全部母親まかせです。もちろんちゃんとしてる子もいますけどね。そんな方には「ゆとり」とかひとくくりにしてるのごめんなさい。幼い頃からそんなちゃらんぽらんずの面倒を見てきたり浮いたりしてたのはあなた達ですものね。
まあ愚痴はこのくらいにして今日は終わります。トイレ掃除頑張ります。
                                 敬具

拝啓 おばあさま

拝啓 おばあさま、今日は雨が降っていたのでそちらからはよく見えなかったかもしれませんが、私はなんとか生きています。
 突然ですが、『大人の方が恋は切ない』(byドリカム)だそうです。でもおばあさまもご存知の通り私子供の頃から結構切ない恋してました。皆結婚していくんです。そりゃそうです。幼稚園児の頃から好きなるのは30前後の殿方ばかり。だって同い年はたよりにならないんだもの。わたし子供だから人の面倒なんてみるのまっぴらなんだもの。
 そうしてまたかなわぬ恋をしてしまいました。でも今回はちょっと違うんです。もう死んじゃってる人。しかも外人の貴族です。トゥールーズ・ロートレックです。お暇があれば孫が好いておりますとお伝えください。足が悪いけど絵がめっちゃうまいんです。料理もうまかったそうですよ。
 彼は印象派の画家でキャバレーのお姉ちゃんたちを好んで描いておりました。先日彼の模写をしたら人物デッサンをほとんどしたことがない私でもかっこいいクロッキー的なものが描けました。素敵です。彼のすごいところは、タッチのリズムが美しい上に人物としてのフォルム、画面の構成要素としての人物、色すべてのセンスが抜群でお洒落でかっこいいのです。
 残念なのは彼は子供の頃転んで脚を怪我して身長がのびなかったこと。きっと彼はそれがコンプレックスだったから恋愛に関してひっこみじあんだったのでしょう。そのかわり客観性にも優れていたし、性格もよかったんだと思います。よくお家に友達を呼んでて料理をもてなしていたそうです。シェフ・ド・モモ(うろ覚え)と自称してレシピが残っているそうです。そして絶品だったそうです。
 当時私が生きていたら求婚してます。背が低かったって関係ありません。あんなかっこいい絵が描けて頭が良いんだったら文句ありません。ジャポニズムの風に乗って彼に迫ってみたかった。
 そんなわけで、今日も孫は元気です。
                                 敬具

拝啓 おばあさま

拝啓 おばあさま。私も早くお側に逝きたいです。
 ところで今年も12月になってしまいました。この時期になるとどうしてか感傷的になります。きっとクリスマスのせいでしょう。24日まで毎日毎日今は12月で一年の最後の月だと思い知らされているまに何かあせってしまいます。
 何にあせっているって?もちろん人生にですよ。思えば子供の頃の私はもっと理性的でしっかりしていました。物事をすっぱり割り切る残酷さも持ち合わせていました。悩み事は人に相談なんかしなくてもすべて自分で解決できました。もちろん親にもです。進路相談だってそう。面談の時だって『勉強で困っていることは?』『特にありません』『クラスで困っていることは?』『特にありません。』『・・・お家で困っていることは?』『特にありません。』だってあなたに相談して何か解決してくださるの?そんな能力あなたにございましたっけ?しんどい時よく思ったものです。『何かピンチに陥ったってそこから立ち直る主体は結局自分なのだから、人に相談したところで何も解決することはない。本当に助けが必要な時はいつだって独りだ。』
 それが今じゃ、頭で分かっていても『本当にこれで良いのだろうか?』などと無駄なことを考えてしまいます。そんなものやってみなきゃ分からないのに、手間を省こうとしてさぼっている間に遠回りをしてしまっているのです。
 『回り道はしてみるものだ。』とよく名言を吐く人がいますが、今の私の最大の問題は『もうずっとこの道を回っていたいよ』というダメな考えになりつつある事です。『てゆーか養ってくれるなら誰にでもついていくよ?』これがニートの思考回路です。多分おばあさまの時代ではかなりアバンギャルドなものの考え方かもしれませんが、ぬるま湯ってほんっと気持ち良いんです。
 さてここで、子供の頃の私がもし現在の私を見たら何て言うでしょうか?きっと『人生は一度きりなんだからしっかりしろ。』とか『ぼやいてる暇があったら何か始めろよ。』とか言います。でも人生の目標とか夢とかもうどーでも良くなってしまったらどうするよ、お前?大体その夢とかだってなんとなく憧れてただけかもしれないって思ってしまったら、何一つがんばる気出ないぜ?
 汚れちまったなあ。こんな大人にだけはなりたくなかった。でもね、ありきたりですが『もうどうやって生きて行けば良いのか、どうゆう風に生きたいのかわからなくなってしまった。』のです。元々そんなものなかったのかもしれませんが。。。。
 わぉ。今日は思わぬウツ展開してしまいした。とりあえず、お側に逝くのは延期します。
                                 敬具
 

拝啓 おばあさま

拝啓 おばあさま、お元気ですか?まあ、死人に対して健康状態をたずねるのは愚問も良いところでしょうが、形式的なものなのであしからず。あなたが死んで20年が経ちます。そう、あなたは私が生まれて一ヶ月でこの世を去ったのです。
あなたの顔を思い出そうにも思い出せません。だって覚えてないんじゃなくて、あなたの顔を0歳の私が認識できるはずもなければ、そもそもあなたが誰かという事を考えすらしなかったのですから。だけど、今のわたしはあなたがどんな顔をしていたのか知っています。
写真というものは不思議なものです。母が撮ったというあなたの写真を見て私が感じたのは、あなたの顔がどういうものかというよりも、40年前の今日、確実に母が見ていたものと全く同じ視線であなたの顔を私が見ているという不思議な感覚でした。少し低い視線からあなたを真ん中に据えてシャッターを切る幼い母と、それを優しく見守っているあなたの視線。写真を見ている者としっかりと目が合うのはそのせいでしょう。改めて写真を発明した偉人たちに感謝です。
先日写真に関する文献を読みました。フェルメールがカメラオブスクラを使用していたり、ドラクロアが写真を参考に絵を描いていたのは知っていましたが、まさかドガまで写真を使っていただなんて知りませんでした。だってドガですよ?幼い頃私が感じたドガの印象は『ドガってした筆使い』の絵だなあ、というものでした。(まあ私の覚え方なんて全部こんな感じですが。ダリはダリっぽいとか、マネはモネの真似?とかドラクロワってドラクロワ!!って感じとか)しかもかなりのカメラヲタクだったそうで、来た客人を撮りまくってたそうですが、まだ当時は露光に15分もかかっていたので、かなり迷惑な話ですよね。仲良しだったルノワールやマラルメもばっちり撮られたそうです。彼らが15分静止していたのを想像するだけでニヤけてしまいます。
エドワード・ウェストンという写真家の写真はなかなか気に入りました。ヌードなのですが、ただのヌードでなく、人の体を抽象形態にみえるように撮るのです。例えば丸まった人を後ろから手や頭が見えない(言い換えれば背中とおしりしか見えない)状態でシャッターを切るのです。彼に好印象を抱くのはきっとそれがエロティスティックに見えず、暖かみを感じるユーモラスな印象を受けるからでしょう。
少し私も大人になったなと感じたのはロバート・メイプルソープの写真を見た瞬間「こいつぁゲイだな。」と分かるようになったことです。まあ、それが作品の価値に響くことはないでしょうが。ちなみに彼は黒人を好んでたそうです。確かに黒人の筋肉はかっこいいです。男性も女性も。でも、黄色人種にだってきっと良いところだってあるさ。だって世界はチャン・ツィーに夢中ですもの。
そんなわけで、今日も至らない孫はなんとか生きています。
                             敬具         

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